5.5 日本でエコロッジを実現するための課題
一方で、なぜ12施設のエコロッジ的取り組みの達成度にはばらつきがあるのでしょうか。これはそもそもエコロッジのような取り組みを行うことの意味や趣旨が事業者にまだ十分に理解されていないためではないかと考えられます。今回、インタビュー調査及びアンケート調査の事前準備としてエコロッジの勉強会を実施しましたが、参加率は高いとはいえませんでした。先述のように、全体を牽引するリーダー的な存在として、エコロッジの考え方に関心を持って積極的な姿勢を示す事業者も数人いましたが、実感がなく意図を掴みかねている印象を受ける事業者がいたことも事実です。12施設は業界で先導的役割を果たす施設ばかりですが、ベトナムでのインタビュー調査やその他事例と比較しても海外とは熱量の差があるように感じました。これはエコロッジに向けた取り組みを行うことで自分たちにどのような利益があるのか腹落ちしていない、また、その目的を本質的に理解できておらず、表面的に捉えているためではないかと考えられます。この「納得感」については組織行動論の分野では理論として確立されており、馬田(2021)は、成功する社会実装には、関係者のセンスメイキングを行っていることが重要な前提となることを示しています。センスメイキングとは、「ステークホルダーが『理にかなっている』『意味を成す』『わかった』と感じることによって、人々が動き出すプロセス」を指しますが、調査した12施設においては、このセンスメイキングができている事業者とできていない事業者の両者がいるものと思われます。また、こうしたセンスメイキングを生むためには、ロジックモデルを作成及び共有して、目標に至るまでの道筋を示すことが必要であり、これが構築されていないために、センスメイキングに至っていないのです。こうした手順は、エコロッジの特徴である社会的インパクトという目標を達成するためにも重要視されるものです。社会的インパクトに向けたロジックモデルの事例として、内閣府の資料[1]に以下の図が示されています。このロジックモデルでは、投入する資源(インプット)、活動(アクティビティ)、結果として生まれるもの(アウトプット)、それによる成果(アウトカム)を示しています。成果は初期・中期・長期の時間軸で分けられ、最終的な長期的アウトカムが社会的インパクトに当たります。
エコロッジとして機能するには地域全体への貢献である図右側のアウトカムを意識した企業活動を行う必要があります。今回調査したTIMELESS YUKIGUNIでは、長期的なアウトカムに当たる「100年後も雪国であるために」という目標が共通認識として共有されています。しかし、そこに至るまでの短期・中期の目標が定められていないため、全体としてセンスメイキングできていない施設があるほか、取り組みのレベルにばらつきが生まれているのではないかと考えられます。
また、TIMELESS YUKIGUNIでは長期的アウトカムが確立されているため見受けられることは少ないようでしたが、業界全体として多くあるのが、アウトカムにまで発想が及ばず、アウトプットで終わってしまっている事例です。アウトカムにまで発想が至らない要因の一つとして資本の問題があります。これは旅館をはじめとする日本の小規模宿泊業全体としていえることです。日本の小規模宿泊業は小さな資本に大きな銀行借り入れで成り立っており、返済が義務化されています。そのため、返済に資する営業利益の確保が常に求められています。しかし、図18が示すように、営業利益率は1995年頃を境に0以下を示すようになり、赤字が恒常化しています。こうした営業利益率の低下は自己資本の減少を招き、自己資本比率も近年マイナスで推移しています。すなわち、新規融資を受けるのが難しい債務超過の状態が続いており、営業利益を生むというアウトプットが最終目標になってしまっているというのが業界の現状です。営業利益率が低い理由は、和室という団体収容に適した客室構造が主流であることに加えて、手間と原価のかかる食事やサービスにコストをかけすぎてしまっているケースが多いためだと推測されます。おもてなしの精神に代表される消費者迎合の思考が根付いているためかと思われますが、エコロッジではむしろ消費者を教育する思考が必要であり、こうした問題が積み重なってアウトカムにまで考えることができていないのではないでしょうか。
[1] www.npo-homepage.go.jp/uploads/h28-social-impact-sokushin-chousa-02.pdf(2023年1月15日閲覧)