執筆:関口莉奈穂 (編集・文責:井門隆夫研究室)
今日、世界ではあらゆる経済活動において持続可能性が重要視されています。これは、観光業に焦点を当てた場合も同様であり、持続可能な観光(サステナブルツーリズム)は世界各国の観光政策で重要な観点となってきています。日本では、外国人を含む旅行者数の急激な増加に伴い発生したオーバーツーリズムによる環境や地域へのネガティブな影響が一因となって、持続可能な観光への取り組みが進み始めました。そのような中、宿泊業に関しては富裕層市場の地方への誘致拡大に向けた取り組みが実施されています。富裕層のニーズがある地方へ上質な宿泊施設を誘致することを目的とし、大型のホテルを誘致しようとしていますが、国立公園等には建物建設の規制があることや、地方への高級ホテル誘致は困難と思われることなど、課題は山積しています。そこで、こうした課題に有効と思われるのが、本論で示す「エコロッジ」という宿泊施設の概念です。しかし、その考え方は国内ではほとんど普及していません。そのため、本論文ではまず先行研究のレビューや視察調査を通してエコロッジの概念を整理することから始め、その後日本での適応に向けた予備的調査として、旅館を対象としたインタビュー及びアンケート調査を実施し、日本宿泊業の現状の把握及びエコロッジを実践する上での課題発見を試みました。エコロッジとは、1990年代から海外を中心に発達してきた宿泊施設の種類であり、「5室から75室の客室を備えた、自然環境への負荷が少なく、経済的にも持続可能な宿泊施設のことで、近隣地域の保護に役立ち、地域社会を巻き込んで利益をもたらし、観光客に解説的で双方向性のある参加型の体験を提供し、自然や文化との精神的交流をもたらし、環境的にも社会的にも配慮した方法で計画、設計、建設、運用されている」施設と定義されています。また、近年の状況としては、持続可能性の注目やそれに伴うサステナブル投資の発展といった社会的背景とともに、エコロッジの概念に類似している施設をコレクションとして収集するホテルブランドなどが誕生しています。こうしたコレクションでは「エコロッジ」という言葉を用いていないものの、従来のエコロッジの内容をほぼ満たしていること、また、エコロッジの考え方に加えてサービスの質や経営面の持続可能性をより重視したものであることから、エコロッジの概念はさらに次の段階へと発展を遂げていると考えられるのです。本論文では、エコロッジの考え方と共通しつつも、より多面的に持続可能性を捉えているこの宿泊施設の特徴を「新エコロッジ」と表現し、エコロッジから発展を遂げた新たな宿泊施設の考え方として扱いました。
こうして海外を中心に進化を続けるエコロッジですが、前述のように日本では普及していません。しかし、日本の宿泊施設について考えると、エコロッジ同様小規模であり、地域に根差した宿泊施設は多数存在しています。そこで、日本の宿泊施設に対してエコロッジの概念を当てはめ現状を分析し、日本におけるエコロッジの実現可能性や応用するにあたっての課題を調査しました。調査は、エコロッジの概念に近い考えを持っている「TIMELESS YUKIGUNI」というコンソーシアムを構成する12の施設を対象に実施しました。インタビュー調査及びアンケート調査の結果、分野や取り組み度合いに違いはあるものの、各旅館でエコロッジとしての要素を感じられる取り組みが実施されていることが分かりました。調査した12施設では取り組み度にばらつきがあり、コンソーシアム全体としては達成度が高いとは言えないものの、高いレベルで取り組んでいるリーダー的な存在がいるために、エコロッジとしての取り組みを進めることは不可能ではなく、今後さらにエコロッジとしての魅力をブラッシュアップすることが可能なのではないかと考えられます。つまり、日本でのエコロッジ実現についてはその可能性が十分にあるということなのです。
一方、取り組みがあまり実施されていない施設に目を向けると、日本でエコロッジを実現する上での課題が見えてきます。それは、エコロッジの概念にあるような環境配慮や地域社会への貢献などといった取り組みを行うことで自分たちにどのような利益があるのか腹落ちしていないということです。こうした納得感を生むには、ロジックモデルを作成及び共有することで、目標とそこに至るまでの道筋を明確にすることが必要であると考えられます。
本論は一部の可能性に言及したに過ぎない予備的な調査です。日本でのエコロッジの実装はまだ始まったばかりですが、エコロッジを構成する様々な分野をさらに細分化して研究を進めていくとともに、実装が始まっている事例に携わることで、ロジックモデル作成や課題の検討など、日本での応用を実現するための検証をさらに進めていきたいと考えています。
それでは、エコロッジレポートにおつきあいください。
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