5.5 日本でエコロッジを実現するための課題(続き)
前述した問題を解決するためにまず必要となるのが営業利益率の改善であり、その方法の1つが新規需要の開拓です。代表的な新規需要はインバウンドであり、中でもラグジュアリー層を狙うことが日本の小規模宿泊業にとって合理的な営業手法になってきます。インバウンドを狙う上ではどのエリアや世代をターゲットとするかというマーケティング的課題の解決が必要になってきますが、もし、欧州を主要ターゲットとするならば、サステナブルツーリズムが重要な概念になってきます。すなわち、エコロッジ化していくことが一つの目標となり、実際に今回調査した雪国観光圏では欧州の集客を目指してエコロッジ化に取り組んでいます。そうした営業利益が見込める事業として確立した場合、第三者による出資という手法も考えられます。その際の方法の1つとして社会的インパクト投資があります。社会的インパクト投資とは、長期的アウトカムの結果得られる社会的インパクトの達成をゴールとして行われる投資を指し、ESG投資と並び、サステナブル投資の一つとして近年国内外で注目されつつあります。近年の金融緩和以前は政府の直接投資である政府開発援助(ODA)が社会的インパクトを生んでいましたが、近年の世界的な金融緩和で民間貯蓄が増えたことより、民間版のODAともいえるインパクト投資が増えています。インパクト投資はODA同様に評価機関により客観的評価が行われます。インパクト投資の特徴とその位置づけを表したのが図19です。インパクト投資では、経済的リターンだけでなく、それ以外の社会貢献を含めた取り組みに投資することを示しています。第4章でエコロッジ事例として視察調査したTopas Ecolodgeは、デンマークのODAで開発・建設されました。つまり、社会的インパクトの達成がエコロッジ開発の目標となっています。今後、インパクト投資の一層の普及に伴い、日本でも実装されていくと考えられます。その根拠のひとつとして、2022年6月に政府から発表された岸田政権の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、「社会的課題を解決する経済社会システムの構築」として「個社の短期的収益を重視する視点から、社会的価値を重視する視点への転換を図る。(中略)社会面、環境面での責任(人的資本・人権、気候変動、ダイバーシティ等)を企業が果たすことが、事業をサステナブルに維持していくためには不可欠である。金銭的リスク・リターンに加え社会面・環境面のインパクトを考えるマルチステークホルダー型企業社会を推進する。」「官民ファンド等によるインパクト投資(経済的利益の獲得のみでなく社会的課題の解決を目指した投資)を推進する。」と記されており、政策として社会的インパクト達成を目標とする方向性が明らかにされています。
また、こうしたインパクト投資は通常エネルギーや食及び農業、ヘルスケアの分野に使われることが多かった[1]が、2021年、全国で初めてソーシャル・インパクト・ボンド[2]をまちづくりの分野に活用した取り組みとして、群馬県前橋市において「前橋市アーバンデザイン推進事業」の実施が始まりました。同事業は前橋市の中心部である馬場川エリアのコミュニティへ再生と賑わいの実現による価値向上を最終目標としていますが、もともとは前橋市が行っていた事業であるため、民間に委託することで行政コストの削減も目的としています。この馬場川エリアにはこの事業と機を同じくして廃業旅館を再生したアートホテル「白井屋ホテル」が2020年に開業しました。同施設は、前橋市出身であり株式会社ジンズホールディングスの代表である田中仁氏が設立した田中仁財団[3]によって出資を受けており、一種のエコロッジとして機能しているといえ、地域一体開発の拠点としての機能を担っている事例として挙げられます。このように、社会的インパクト投資を用いる動きは加速しており、日本でエコロッジの実現を進める際には重要な観点となるといえるでしょう。
[1] 須藤奈応(2021):インパクト投資入門,日経文庫,pp.60-61
[2] あらかじめ合意した成果目標の達成度合いに応じて支払額が変わる成果連動型民間委託契約方式(PFS)の一類型であり,外部の民間資金を活用した官民連携による社会課題解決の仕組みのこと
[3] 田中仁財団ホームページ:www.tanakahitoshi-foundation.org/(2023年1月15日閲覧)