3.1.2 定義
1990年代初頭にエコロッジという用語が登場して以来、数々の研究者によって定義が提唱されてきました。前述のように、Russelら(1995)はエコロッジについて「エコツーリズムの理念と原則を満たす自然依存型の観光ロッジを識別するための業界ラベル」と説明しています。Hector(1997)はこの定義を踏まえたうえで、「エコロッジについて最も重要なことは、エコロッジが最も重要ではないということである。最も重要なのは、周辺の環境の質であり、近隣の自然や文化といった魅力、そしてエコツーリズムサーキットの設置、運営、マーケティングの方法、さらに地元住民がそのプロセスに積極的に参加する方法などである。」と述べています。2000年代に入り、Mehta(2007)はエコロッジを「5室から75室の客室を備えた、自然環境への負荷が少なく、経済的にも持続可能な宿泊施設のことで、近隣地域の保護に役立ち、地域社会を巻き込んで利益をもたらし、観光客に解説的で双方向性のある参加型の体験を提供し、自然や文化との精神的交流をもたらし、環境的にも社会的にも配慮した方法で計画、設計、建設、運用されている施設」と定義しました。また、Oslandら(2004)は「エコロッジとは、エコツアー客が訪れる自然地域内、またはそのごく近くに設けられた宿泊施設やサービス」と表現し、「その設計と運営は自然環境に影響を与え、その雇用と購入は地域社会に影響を与え、その接客方法はエコツアー客の教育と満足度に影響を与えるので、エコツーリズムの重要な要素である」として一般的な宿泊施設やサービスとの差別化を図っています。
こうして現在に至るまでいくつもの定義が論じられてきましたが、公的に統一された定義は存在しません。しかし、多くの定義に共通していることは、エコロッジは自然環境に囲まれた地域に立地し、エコツーリズムに結び付いているということです。特に、自然環境の保全と旅行者への解説的体験の提供、地域社会との協力が強調されています。これらの定義を総合すると、エコロッジは自然保護、地域社会への貢献、観光客の教育等を通じて、環境的、社会的、経済的に持続可能性を追求する宿泊施設を指すといえます。
このように、エコロッジは様々な側面をもつ極めて多義的な概念です。また、エコロッジには公式の国際的な認証制度が存在しません。この点についてはMehta(2007)やHagberg(2011)もその危険性を指摘しています。エコロッジに対する認証がなく、「エコ」という接頭語の使用に関する規制もないため、自然地域にある宿泊施設であれば基本的に誰であってもエコロッジを経営していると宣言できる状態にあります。そのため、エコロッジとしてのコンセプトが曖昧になり、混乱や誤用のリスク、及びグリーンウォッシュの増加といった危険性があります。エコロッジの認証プログラムが一元管理されることによって、こうした危険性を減少させることができるほか、信頼性が高いプログラムとして確立されることでエコロッジはブランド化され、特定の商品であると消費者に認識させることができます。
認証制度が存在しない中、本物のエコロッジとはどのようなものか、その事例を知る手段として分かりやすいものに2010年に出版された「Authentic Ecolodges」があります。これはエコロッジの定義と原則を示したMehtaによって作成されたものであり、自らの定義に基づいたエコロッジを36軒紹介しています。各エコロッジを優れている特徴ごとに区分し、オーナーや所在地、制作に関わった人々、ロッジでできる体験等が写真とともに紹介されています。
3.2 エコロッジ概念の発展
3.2.1 近年のエコロッジを取り巻く状況
1990年代にエコロッジが誕生して以来、持続可能性の追求はその時代の社会背景に合わせて様々な形で実施されてきました。特に1987年に持続可能な開発が定義されて以来、国際社会において持続可能性は急速に注目されるようになり、1992年の地球サミットを機に地球温暖化に対する問題意識がグローバル化しました。環境に配慮した宿泊施設を認証するツールであり、国際的に広がりを見せているGreen Keyが誕生したのもこの頃です。その後も、前述の建築物の総合的な環境性能を評価するシステムであるLEEDの開発や、持続可能な観光を推進する団体であるGSTCの設立など、現在も国際的に使用されているツールが誕生してきました。また、環境配慮や地域コミュニティへの利益貢献などの持続可能性に取り組み、その内容と実績を年間レポートとして公表する大型ホテルチェーンやホテルブランドが登場するなど、宿泊施設やホテルグループの動きも加速してきました。そのような中、2010年代に入り新たな国際社会の動きがありました。SDGsの採択やESG投資等サステナブル投資の発展です。特にESG投資はSDGs採択前後である2014年~2018年で世界の投資額の伸び率が68%と大幅に増加しており[1]、それまで重視されてきた環境分野や地域社会への持続可能な貢献に加え、金融や経済といった投資における持続可能性という課題観が加わったと分かります。このような社会の中、同じく2010 年代後半を境にエコロッジ概念に焦点を当てたと思われる宿泊施設のコレクション次々に登場しています。これらコレクションはエコロッジの特徴でもある、環境に配慮した取り組みや地域への貢献、文化の保護などを施設の魅力として紹介しているのです。しかし、そうしたコレクションは施設やコレクションの説明に「エコロッジ」という言葉を用いていません。果たして、これらのコレクションが追及する宿泊施設像はエコロッジといえるのか、それとも全く別の概念なのか。こうした問いを明らかにするため、各コレクションの特徴を分析しました。
[1] 田瀬和夫・SDGパートナーズ(2020):SDGs思考,株式会社インプレス,pp.146-148