夏、のべ37名の学生をアジアに連れだした。旅の最後の訪問地はカンボジア。半年後に社会に出る22歳たちに観光や宿の原点を体験させておきたかった。世界のベスト50ホテルや、至れり尽くせりの旅館を経験することも大切かもしれない。しかし、それは社会に出てからもいくらでも経験できる。カンボジアで過ごした体験は、おそらく一生の糧になるはずだ。
向かったのは、カンボジア中部のコンポントム州。ここには湿地帯の砂に埋もれていた古代遺跡を掘り起こし、世界遺産に登録されたサンボープレイクック遺跡がある。観光客で激混みのアンコールワットに比べ、観光客は誰一人いない。屋根にタープを張った簡易な屋外食堂があるだけだ。
近くでは、地元の若者たちが食堂で出たフルーツの残さを餌にハエの幼虫を育てている小さなプラントがあり作業を手伝う。これは豚や鶏のたんぱく源豊富なエサとなる。学生には行く場所だけ教えてあるが、その意味は教えていない。日本人が忘れてしまった大切なことを考えて欲しいからだ。
続いて訪ねたのが、荒野にあるカシューナッツ農場。若者が寝泊まりしてカシューの樹を育てていて、ナッツは春に収穫され、フェアトレード商品として日本に直接輸出される。この農場は、日本の小さな企業がカンボジアの若者に農業で自立することを目的に投資してできた。前述のエサで鶏も育てていて、ヒヨコを地域の民家に販売している。
そして、バスからリヤカーに乗り換え、目的地であるクイ族のコミュニティーにたどり着く。少数民族クイ族は、森とともに生き、鉄の生産で民族を維持してきた。しかし、それが武器となることがわかり、鉄の生産をやめ、自給自足に近い生活で生計を立てている。湿地帯のコミュニティーでのホームステイが今日の宿だ。高床式の家々に住むご家族は英語も日本語も通じない。しかし、クイ族の生活体験でわずかの外貨を稼ぎ、地域の文化保全に役立てようとコミュニティーベースドツーリズムを始めた。その初のモニターとして参加した。
生活水はミネラルウォーターか雨水。日々のスコールで雨水をため、体を洗う。炭で焼いた魚や敷地で走り回る鶏の卵焼き、古代米の料理で歓迎されるが、学生たちは虫や衛生面にばかり気がいってしまう。わかりやすい英語を話す若者が説明をしてくれるが、気もそぞろだ。
化学的製品を一切使わず、生態系の循環を活かし生活していることに気づけただろうか。政府が森を切り開き、開墾しようとすることに抵抗し、生活を保全するために観光の原型を試行している。
最初はびびっていた学生も徐々に慣れ、踊りに参加したり、脚に寄ってくるヒルを餌に魚を釣る湿地への釣りにも出かけたりしていた。
観光とは、地域固有の文化や社会を体験することが原点であり、宿は、そのよき体験の場である。
多くの日本人は、快適な生活に慣れてしまい、自宅より設備がよいことを宿に求めるようになり、本来の観光の意義を見失ったままだ。
学生最後の体験の目的は、観光の原点を考えること。考えることができた学生はきっと社会で活躍できることだろう。
(週刊トラベルジャーナル 2023年10月16日「宿泊ビジネスの灯」
2023.11.12
2023年夏プロジェクト総括(Travel Journal 2023.10.16)
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