宿屋における共通価値の創造
グローバルや大手企業でなくとも意識せざるを得なくなったCSR(Corporate Social Responsibility)「企業の社会的責任」やCSV(Creating Shared Value)「共通価値の創造」。先日、宿泊産業との関係性を考えさせられる機会を得ることができましたので雑感をまとめてみます。
そもそも、二つの用語を簡単に整理してみますと、
CSR:企業の社会的責任とは、
企業が社会や環境と共存し、持続可能な成長を図るため、その活動の影響について責任をとる企業行動であり、企業を取り巻く様々なステークホルダーからの信頼を得るための企業のあり方を指す。(経済産業省ホームページより)
CSV:共通価値の創造とは、
企業の事業を通じて社会的な課題を解決することから生まれる「社会価値」と「企業価値」を両立させようとする経営フレームワーク。共通価値の概念について「企業が事業を営む地域社会や経済環境を改善しながら、自らの競争力を高める方針とその実行」と定義している。(「共通価値の戦略」、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2011年6月号』、ダイヤモンド社)
話の舞台は、埼玉県さいたま市に本社を置く株式会社エコ計画。廃棄物処理事業者として、創業以来、環境に配慮した総合処理や地域住民との関係を築くため社会活動を実践しており、平成に入り飲食事業を展開。平成11年に旅館業として群馬県吾妻町に「かやぶきの郷 薬師温泉 旅籠」を開業し、2号店として平成25年に同じく群馬県内の川場村に「川場温泉かやぶきの源泉湯宿 悠湯里庵」を開業しています。
先日、訪ねたのは川場村の「悠湯里庵」。川場村は「農業プラス観光」を基本理念に掲げ、皇室献上米である「雪ほたか」を生産し、「道の駅田園プラザ」は国内トップの来場者数を誇るなど、人口4千人足らずの村ですが実力のある自治体です。
宿は、6千坪もある敷地に、本陣、本館、別館の3エリアで構成され、いずれの客室も建材を豊富に使用し日本家屋の重厚な造りが印象的です。広大な敷地に18室(棟)しかないため、フロントや大浴場や食事処がある本陣から客室へ移動するには自動運転のカートを使用し、さらに里の全景を見渡すことができる別館に行くには、特設のモノレールを使用します。

自動運転のカートに乗り客室棟へ向かう。<撮影:yamada yuko>

別館の最上階にある展望台からは村全体が一望できる。<撮影:yamada yuko>
相当の投資額と莫大な維持費は想像に難くないですが、その構造から運営上の生産性は高いとは言えません。しかしながら、顧客視点から見れば、その稀有な体験こそ選ばれる動機の一つなのでしょう。
驚くのはその価格。平日であれば、一泊二食で2万円から利用することが可能です。由緒ある自家源泉をもつ大浴場も完備し、夕食は料理人が腕を振るう会席料理をいただきます。この価格の実現は、小資本の宿屋には厳しいと思われますが、顧客にはコストパフォーマンスが高い宿!といえましょう。
異業種が旅館業に参入する例は少なくありません。当然ながら企業体力がなければできないことですが、良く考えてみれば、宿屋業は成り立ちからCSVを実践してきたのではないでしょうか。
私もかつて働いた箱根の富士屋ホテルも一つかと思います。目に見えるところでは、宿までの道を整備したうえに車両会社を運営し、重要文化財である建築物の営み維持することでメセナ的な活動をしてきました。また、地域の人々を雇用し教育をし、業界の事業継承者を育成するホテルスクールを運営してきました。
ところが、宿屋の存在自体が社会価値だとしても、国内旅行市場が縮小の一途をたどるなか、宿泊業のみで返済を続けながら収益を確保しつつ人材を育成していくことは容易ではありません。
では、突破口はどこにあるのか?宿屋を経営しながらも、企業価値を高めている企業があるのです!では、その話は、次の機会で。
山田祐子